前回、日本の製造業の競争力低下について簡単に触れた。今回は、この点について、具体的な数字を挙げ、かつ、生き残りへのステップをどう模索すべきかについて詳しく述べたい。
日本の製造業の業績悪化
日本の代表的製造業の業績悪化が著しい。2月3日、パナソニックの今期純損失の予想は7800億円に下方修正された。最終赤字は2年ぶりだが、過去最悪の赤字額となる。円高、タイの洪水被害に加え、三洋電機買収時ののれん代償却が響いたと発表されている。ただ、個別の事情はあるものの、大局的に見れば、サムスン、LGなど韓国メーカー等の追い上げの中、ヒット商品を生み出せなくなり、本業での収益力が低下していることが大きな理由と考えている。
シャープも今月初め、2012年3月期の連結業績予想を下方修正し、過去最大の純損失2900億円となることを発表した。主力の薄型テレビの販売低迷、液晶パネルの大幅減産が大きく足を引っ張っている。パナソニック同様、目立ったヒット商品を何年も生み出せていない。
ソニーは2月2日、2011年4~12月期連結決算を発表し、2014億円の純損失であることが明らかにされた。タイの洪水被害や円高の影響が大きい。ただ、テレビ事業が8年連続の赤字であり、商品開発力だけではなく、経営そのものにも疑問点が大きい。
NECは、1万人規模の人員削減を含む事業構造改革を発表した。グループ従業員11万人強の4%にあたる5000人(国内2000人、海外3000人)の削減に加え、外部委託業務も5000人分を打ち切る。11年度の当期純損益予想は、黒字から一転、1000億円の赤字となっている。携帯事業が不振で、担当のNECカシオモバイルコミュニケーションズとNEC埼玉の2つの会社の社員の4分の1に当たる500人規模の希望退職を募る予定である。
自動車業界も苦しい。ホンダは、今期純利益予想が前期比6割減の2150億円になる見通しだと発表した。円高とタイの洪水被害で、販売台数は8年ぶりの低水準となる。他の製造業が大赤字なので目立たないが、黒字とは言え、6割減、というのは企業経営としては極めて深刻な状況と考えられる。
マツダは、4-12月期の連結決算は純損失1128億円と、4期連続赤字が確定した。東日本大震災後の減産や、タイの洪水被害などで、販売台数が前年同期比6.9%減の89万1000台に減少したことが大きく足を引っ張っている。欧州や中国での販売が不振だ。
日本板硝子は、2月2日、グループ全体の1割にあたる、3500人の削減を発表した。欧州の景気低迷の影響を大きく受けており、過剰設備の削減にも取り組む。
競争力低下の背景
今回の業績悪化の直接的原因は、急激な円高に加え、タイの洪水被害、東日本大震災における被害と販売不振によると説明されている。各社の経営努力、従業員の努力、関連企業の努力は、もちろん並大抵のものではなかったかと思われる。ただ、より本質的には、日本の製造業の競争力が大幅に低下したことが最大の理由ではないだろうか。
日本の製造業は、1970-1990年代までは光り輝いていた。世界第二の大国として、日本人はプライドを持って世界中に製品を提供していた。YKK、パナソニック、トヨタ等、世界中に生産拠点を持つ企業も多数生まれ、比較的安価で、高品質の商品を世界中に提供することができた。韓国、中国企業が台頭してくるまでは。
韓国・中国企業の台頭以前と以後では、製造業の競争優位性が決定的に変わった。比較的安価で高品質の商品に関しては、ハングリー精神旺盛で、日本企業から徹底的に学んだ彼らに相当部分取って代わられたからである。日本企業として勝ち残るには、誰が狙うべきユーザーで、そのユーザーが何を本当に求めているのか、徹底的に考え抜き、ディスカッションし尽くし、新しい企画を考え、最新の情報技術をフルに投入して世界中の人が感動する商品を生み出すことが必須となった。
この当たり前のことがなぜできないのか、と普通の日本人は思うかも知れない。あんなに素晴らしい商品を開発し、世界に提供してきた日本の製造業がここに来てなぜ足踏みしているのか、と思ってしまう。
日本の製造業の競争力が低下した理由は、実はかなり明確だと考えている。日本企業は「モノづくり」にすさまじい熱意を投入し、「モノ」の価格と品質で勝負してきた。いったん車ができたら、それを極限まで改善し続ける。いったんテレビができたら、画質や価格、サイズを体力の続く限り改善し続ける。その熱意と集中力は、多分今現在でも、世界一だ。
ところが、問題は、その熱意と関心の中に「モノづくり」に向けられたほどはユーザー視点がはいっていなかったことだ。中国・インドを始めとするアジア諸国でも、中南米・アフリカ・ヨーロッパでも、数億~10億人規模の低所得者層が消費者として登場し、「そこそこによい、非常に安い商品」に殺到している。この市場を韓国・中国・インド企業や、欧米発のグローバル企業がごっそり持っていっている。
一方、米国・中国・中近東等では、日本人には考えられない高所得者層が数百万、数千万人単位で生まれている。中国でのメルセデスベンツやシャネル、グッチ等ファッション系の高級ブランド商品の売上が話題に上るのは、その現れだ。
さらに、競争の本質が「モノづくり」からよりサービス、プラットフォームとしての戦いに変わっていったことも、競争力の低下をもたらせた。
もう一歩踏み込んで日本の製造業の競争力低下の背景を考えると、次の4点ではないかと考えている。
第一に「ユニークな商品の開発力の弱さ」だ。これは、上述したユーザー視点に加え、全く新しいモノを生み出す力、生みだそうとする経営姿勢の弱さに起因する。日本では、テレビ、冷蔵庫等の家電、携帯電話、デジタルカメラ、自動車等、同一ジャンルに無数の商品が並び、消費者が選択に困ることが日常茶飯事だ。量販店でどれほど説明を聞いても、わかったようなわからないような感じで、結局はその時の気分とちょっとしたブランド指向と、最後にはエイヤで決めてしまう。ソニーのウォークマンは一世を風靡したが、それに次ぐ商品はその後見あたらない。
第二に、「選択・集中分野の見間違い、垂直統合分野へのこだわり」がある。円高、災害以外にシャープ、パナソニック等の業績に影響をおよぼした最大の要因は薄型TVであり、各社が垂直統合にこだわった結果、供給過剰が起き、販売価格が下がり、収益率が一気に悪化したと考えている。デジタル製品の価値は、米アップルが示したように、何年も前にハードウェアからネットサービスに移っていたにも関わらず、ハードウェアの開発、生産設備、販売促進の投資を継続して集中的におこなった。技術的には価値を生み出しにくいところに投資を行ってきたので、アナログからデジタルへというシフトが完了した途端、競争力を失ってしまったのではないだろうか。
第三に、「プラットフォーム、サービスの軽視」がある。日本企業の特徴として、iTunes Storeのようなプラットフォームを整備・構築するというよりは、それほど代わり映えのしない新製品を次々に出して、売れたらOK、売れなかったら値引きして在庫整理、という「数打ちゃ当たる」単発的な商品企画・開発が多く見られる。韓国サムスンは、日本企業の不振に対して絶好調であるが、現地のニーズを的確にとらえ、本国で共通プラットフォームを開発するなど、低価格商品でも十分利益を上げられる体制を確立している。
第四に、「意思決定の遅さ、大企業病」がある。パナソニック、シャープ、キャノン、トヨタ等、半世紀前には素晴らしい日本発のベンチャー企業として生まれた。その後の躍進は世界中の消費者を感動させ、今日の地位を築いた。日本人に大いなる勇気を与えてくれた。ところが、高度成長期以降、組織が肥大化し、昇進するにもポジションが限られ、減点主義、保守型の官僚組織化が進んだ。こういった大企業の課長・部長クラスとはよくお話するし、意気投合もするが、その後、順調にお話が進むことは極めて希だ。3層、4層の階段を上って決済を通すことが非常にむずかしく、ほとんどの場合、途中で挫折する。意気投合した中間管理職も、リスクを取って具申することが中々できない。どの壁かに跳ね返されている。この結果、経営者・社長は日本的「御神輿経営」の権化・象徴となり、ご自身が「裸の王様」になっていることさえ、多分気づいておられない。現実的な解決策は十分あるのに、実に惜しいことだ。
私は、1990年から2000年までの10年間、韓国LGグループの経営改革を全面的に支援した(2011年の売上は約11兆円。社員20万人)。日本人が思うほどトップダウンではないが、中間管理職が非常に元気で、トップもそれをうまく活かしつつ意思決定ができる、日本の多くの企業よりは数段フットワークがよい企業に大変身していただくことができた。
以上4つの問題点は、すべて「日本の大企業の経営者の資質」に起因すると考えている。ファーストリテイリングの柳井社長など、創業経営者に近い方は極めて明快で、意思決定も早く、素晴らしい方が多い。一方で、大企業の階段を社内政治上も失敗せず登り切った経営者は、社内での立ち位置から言っても本質的に保守的にならざるを得ない。ご自身の意見もどこまでお持ちなのか、発言できるのかよくわからないふうに見えることが多いのは残念だ。体裁を気にして発言を躊躇し遠慮しすぎた結果、切れ味のよい発言も、電光石火の意思決定も、それに合わせた組織改革もできづらくなってしまったのでは、という、穿った見方を持っている。
元々は一流大学の優秀人材だったはずなのに、実にもったいないことだ。こういった方々がFacebook、Twitter、ブログ等のソーシャルメディアをほとんど活用しておられないのは、多分間違いない。活発に利用しておられたら、接する機会が必ずあるからだ。スマートフォンもどこまで活用しておられるか、もっと言えば、そもそも全世界の社員、関連企業にご自身でどんどんメールを送っておられるのか、疑問に思っている。もちろん一部の方は熱心にやっておられるとは思うが。
一方、世界の競合は絶好調
米アップルの昨年10-12月決算は、iPhone・iPad販売が伸びて、純利益が1兆円と前年同期比で2倍強に激増した。iPhoneは新モデルを出す度に前日から行列ができ、初日出荷台数から爆発的に売れることが世界中で社会現象化している
韓国サムスン電子の同時期の決算も、スマートフォン「ギャラクシー」効果で純利益が2750億円と同期比17%増となった。2011年第3四半期のスマートフォン出荷台数が2000万台で、アップルを抜いて世界一になった。
独ダイムラーは、2011年通期でグループ全体の売上が10兆9900億円、純利益が6220億円と、過去最高となった。前年実績比29%もの増益である。
もちろん、日本でも好調な企業も
もちろん、日本でも好調な企業がある。ソーシャルゲームが絶好調なグリーは業績予想を大幅に上方修正した。昨年10月に続く、今期2回目の上方修正だ。
アサヒグループホールディングスは、2012年12月期の連結営業利益が前年比10.1%増の1180億円になるとの見通しを発表した。2期連続で過去最高益となる。 ソフトバンクは、2011年4-12月期連結決算で、売上高2兆4000億円、営業利益5400億円で、過去最高となっている。iPhoneによる通信料増加が大きく貢献した。ただし、auがiPhone販売を開始したため、今後は予断を許さない状況にある。
さらに、東京ディズニーランドを主力とするオリエンタルランドの2011年10-12月期連結決算では、売上が前年同期比6%増の1216億円、経常利益が前年同期比19%増の362億円とどちらも過去最高となった。
震災直後の長期休園や、旅行需要喚起のための子ども料金の割引実施等にも関わらず、この高業績を叩きだした。
日本の大企業を救う、社員と幹部の意識・行動変化
昨年来、IT系のベンチャーはもとより、中堅・大企業の20~30代の社員がソーシャルメディア、特にFacebook、Twitter、ブログ等を使いこなすことが東京を中心とした主要都市圏では増え、彼らの日常行動が大きく変わってきている。大会社ほど、社内でのFacebook、Twitterの使用が禁止されていることもあって、勤務時間中の態度は以前と大差がないように見えるはずだ。
ところが、一歩会社を出ると、FacebookやTwitterでメッセージをやり取りし、無数に開催されている各種の勉強会、セミナー等でどんどん知り合いを増やしている。朝7時からの朝会にもどんどん行っている。誕生日には100人以上から「おめでとう」メッセージが送られることも希ではない。移動時間中にスマートフォンでブログを読んだり、メッセージのやり取りをしていることは完全に定着している。勤務時間中も、会社のPCでは禁止されているものの、スマートフォンを机においてFacebookやTwitterをチェックし、メッセージのやり取りをしていることは普通だ。
ソーシャルメディアの普及は、彼らの上司にも本来影響を及ぼしうるものだ。ところが、情報感度の低さ、好奇心の弱さと、部下の水面下の行動変化への気付きの遅さ・鈍感さにより、上司がどれほど刺激を受け、どのくらいのスピードで変われるかはまだわからない。
私が経験したケースでは、大手企業の30~40代社員25名ほどに対して、Facebook、Twitterを含むソーシャルメディアの普及と重要さ、便利さを訴え、使い方も全部説明して、1ヶ月ほどすると、かなりの意識・行動変化が見られた。一、二度ではだめだが、一定期間働きかけると、十分に変わりうるという確認ができた。
ただ、問題は、会社の中核となる、40代以上の経営幹部だ。取締役・執行役員クラスがどこまでiPhoneを使いこなし、プラットフォームを使いこみ、「モノづくり」以外の価値創造に目覚めるか、欧米発のグローバルな製造業や、韓国企業、シリコンバレー発の急成長ベンチャーがどういった価値観・スピード感で動いているのかを知り、自発的に意識・行動改革を進めようと思うかどうかだ。Facebook、Twitterも触ってみた、という程度ではだめで、ある程度以上使い慣れ、時代が大きく変わったことを体感していただく必要がある。
さらに、最大の難関は社長だ。大手製造業の社長が時代の変化、競争状況・グローバルの市場の変化に対して、どこまで真剣に理解しようとされているか、私には全く見えない。少なくとも世間には全く伝わってこない。
ソーシャルメディア・スマートフォン時代には、意識・行動の変化はソーシャルメディアを通じてどんどん発信し、メッセージ交換をするメリットが非常に大きくなってきている。それを使いこなしておられる社長は、比較的ITよりの製造業でもあまり見ない。少なくとも、普通に情報収集活動をしていて(しかもかなり熱心に)、あまり見ない。百歩譲って、ご自分では使いこなしていない場合であっても、新しい市場、新しい競争相手に対して、どういう価値を提供していくのか、「モノ作り」主体からプラットフォーム・サービス化にどう会社を変えていくのか、どこまで考え抜かれておられるかだ。問題意識さえあれば、部下が勇気づけられ、会社を革新するきっかけとなる。部下の関心、懸案事項を拾い上げ、新しい世の中の変化にも対応した判断を下すことがだんだんとできるようになる。
もっと言うと、社長、すなわち革新リーダーのミッションは、旧態依然とした経営・組織体制を壊すことにある。年功序列の階段をうまく駆け上ってきた本部長、取締役以上の意識・行動を変えなければ、新しいどのような活動もすぐ芽をつまれる。変化に対して反対する経営幹部を引きずってでも(あるいは首にして)、会社の方向を変えていく必要がある。社長が本気であれば、数年かかるが、私がLGグループの改革を支援したように、ビジョンの見直し、戦略の見直し、組織・人材の見直し、商品開発体制の抜本的変革にいたる明確なアプローチが確立しており、十二分に実現可能だ。
ベンチャーとの協業拡大・加速
日本の家電、その他の製造業、IT、通信系大企業にとって、米アップルやアマゾンが進めたように、サービス、プラットフォーム化への事業転換が極めて重要になった。そうしなければ、商品が売れない。価格が維持できない。収益力を確保できない時代になった。「モノづくり」で勝負できた時代は、韓国・中国企業の台頭とともに、過去のものとなった。シャープが長らく世界一であった太陽電池も、安価な代替品に取って代わられることが増え、ドイツや中国などの政策的支援を受けた新進ベンチャーに大きく水を空けられることとなった。
もう、高度成長期の延長線上の「モノづくり」で勝負できる時代は終わった。
「モノづくり」で勝負できないとすると、商品企画力・構想力とそれを支える新しいタイプの研究開発力が重要になる。商品企画力を強化するには、センスのよい少数精鋭のマーケティングチームが主要市場・ターゲット顧客のニーズ・行動を徹底的に把握し、そこから斬新な企画案を詰めていく必要がある。開発者自身もチームに入っていないといけない。「モノづくり」とは大きく違う視点からの顧客ニーズ把握、商品企画、ユニークな競争優位性の追求が鍵となる。新しいプラットフォームへの理解、技術的な可能性の把握も欠かせない。例えば、インターネット時代、ソーシャルメディア時代にテレビがどう変わっていくのか、ユーザーはテレビとどう向き合うのか、という知見と、そこでのテレビをベースとしたプラットフォーム化の可能性追求である(ソーシャルコマースなど)。
消費者向けの多くの商品において、インターネットやFacebook、Twitter等のソーシャルメディアを活用して顧客ニーズ把握をしたり、顧客との距離を縮めることが可能となった。新たなブランドも生まれた。業績不振のパナソニック、シャープ、ソニー、NEC等において、壁を打破するには、こういった新しい価値観の追求とソーシャルメディアの活用が想像以上に重要になった。また、その方向での研究開発投資に舵取りすることが緊急の課題になった。つまり、過去の「モノづくり」成功体験からの決別であり、経営者の断固たる決断と舵取りが不可欠である。
インターネットTV、ネットワーク家電、スマートフォン、パソコン、電子書籍、家庭用エネルギーマネジメントシステム、スマートグリッド等、多くの分野で、製造業体質の大企業が独力で商品開発をリードできる時代は終わった。リーンスタートアップの手法を取り入れた事業開発を行ったり、オープンイノベーションでの開発連携を加速したり、ベンチャーへの出資、協業に本気で取り組まなければ世界的な競争力を挽回することはむずかしい。日本の大企業がベンチャーへの投資、協業をしたケースは少なくないが、官僚的体質が強く、トップダウンでないため、ベンチャーを活かすことは困難だった。価値観、スピード感の相違も極めて大きい。
ベンチャーというと、日本の大企業には多くの場合、社内ベンチャー制度がある。社員が応募して審査を通過すれば、会社側から相当額を出資してベンチャーを生み出す仕組みだ。ただ、大企業に就職し、在籍し続けた方がベンチャーとして独立することは並大抵の決意ではできない。恵まれた環境、手厚い福利厚生がベンチャーでは期待できないので、応募すること自体、家族の説得に相当なエネルギーを取られる。家族の合意を得て準備を始めることができたとして、次には、本気で取り組み死守すべき事業計画を自分で作成する必要がある。こういった事業計画を作成された経験は、ほとんどの方がお持ちではないが、適切な支援があれば、ここまではまだ何とかやりようがある。
無事、素晴らしい事業計画ができたとして、本社の審査プロセス通過がチャレンジとなる。審査は本社役員が担当されることが多いが、大企業の階段を上り詰められた方々なので、ベンチャーの重要性やベンチャーに向ける熱意への理解、ベンチャー経営についての理解はあまり期待できないことが多い。ベンチャーの専門分野への知識はもちろん不足している。インターネットTVを盛り上げる企画と、出会い系の企画とにかなりの共通点があるといったことへの理解はよほどの方でない限り、困難だ。それでも何とか突破してめでたく創業となった後、今度は本社財務部・管理部から、ベンチャーには過剰なチェックが入ることが通常だ。
つまり、「ベンチャー」と「社内ベンチャー制度」は、言葉の誤用といってもよいほど、全く似て非なるもので、社内ベンチャー制度を使ってベンチャーを成功させることは至難の業となる。
社内ベンチャーでないとすると、外部のベンチャーへの出資、協業がある。可能性があるとすれば、大企業がテーマを募集して、そこに外部から応募していただいて出資する、という形になるが、これに関しては大企業の担当者、責任者側にベンチャーへの理解が乏しく、齟齬を来すことが多い。できたばかりのベンチャーに財務データを過度に求めたり、ベンチャーのスピード感に合わないゆっくりとした検討ペースであったりする。
昨年来、大学生、20~30代を中心にベンチャー創業が急激に増えており、若くても世界を見据えた経営者も増えた。ベンチャーとの協業が以前よりは数段追求しやすくなった。ソーシャルメディア・スマートフォン時代には、デジタルネイティブの知見が不可欠なので、学生ベンチャーだと言って馬鹿にすることは全くできない。むしろ、30代の方々が見よう見まねでソーシャルメディアを使うよりもはるかに自然で、体に染みついている。
米国ではIBM、GEといった大企業も、またシスコ、グーグル、Facebookといった比較的歴史の浅い元ベンチャーの大企業も、ベンチャーへの投資、M&Aが極めて活発だ。グーグルに至っては、2010年、2011年とも約25社の買収をしている。対岸の出来事として、他人事のように見ていると、経営資源確保上、大変なハンディを負う時代になって久しいがどこまで認識されているか。
日本人以外の登用、重用
日本の大企業が改めて世界的競争力を持つには、日本人だけでは到底無理だ。日本人だけで勝てると考える方がおかしい。お茶濁し程度に、海外の現地法人社長を現地の人材にしたり、日本の本社に何名かの外国人を入れる程度では、戦いようがない。日本人は日本人だけの方が力を発揮する、と言っていた時代と、競争力の根源も何もかも、変わった。言うまでもなく、欧米の代表的企業も、シリコンバレーのIT系急成長ベンチャーも、極めて多国籍であることが普通である。
日本、あるいは日本企業で活躍したいと考える中国人、韓国人、ベトナム人は非常に多い。もちろん、彼らに限らず、インド人、インドネシア人、フィリピン人、欧米人も同様だ。彼らに活躍していただくには、日本のなあなあの経営体質・組織文化、上司・部下の関係を変えなければならない。これも、社長の覚悟次第だ。彼らは日本の普通の社員よりもハングリー精神が格段に強く、背水の陣を引いて故郷に仕送りしていることも多いため、フェアな活躍の場さえ提供すれば、大いに期待できる。
一昨年、楽天やファーストリテイリングが英語を公用語とすることを発表した。それに対して揶揄する声をよく聞くが、私は非常に重要な一歩を踏み出したと考えている。日本人だけでできることには限りがある。日本語のコミュニケーションの方がはるかに効果的だと考えている限り、日本企業の競争優位性が戻ってくることはない。日本人同士、慣れない英語で話すのは非常に効率が落ちる。気恥ずかしい思いもする。ところが、そこに外国人が一人いれば、それが当然となる。三人いれば、あるいは上司が日本に来たばかりの外国人であれば、英語を話さないわけにはいかない。グローバルなエクセレントカンパニーを目指す三木谷社長、柳井社長の思いは十分に理解できる。
話が飛ぶが、もっと言えば、日本企業の女性幹部の少なさは異常だ。なぜ日本企業においては、人口の半分の英知、業務遂行能力、リーダーシップを使おうとしないのか。家庭での教育、社会の期待等、種々の理由が言われているが、世界中の女性が活躍しているのに、日本だけ女性が活躍できないはずは全くない。伝統的なIBMですら、ついに女性CEOが誕生した。有能な女性幹部を登用しないのは、ひとえに日本の社長の業務怠慢だと考えている。
なお、本日のブログは、Social Media Week TOKYOで2012年2月13日に講演した内容に基づいています。出典等を含め、こちらをご覧ください(http://www.slideshare.net/yujiakaba/web-11542736)。
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